2008年06月22日

有主風

 今、研究科長の安部先生にお願いして、サテライトでの
安部先生の授業に参加させていただいています。先週から
日本の芸道の話に入りました。

 私の研究テーマである「センス」とも関わりが深く、
特に「間」、「有主風」、「稽古」、「型」など
考えさせられキーワードが多いです。私自身、授業の中で
「身体で覚える」という言葉をよく使います。これは
まさに稽古であり、またハビトスにつながるものでは
ないかと思っています。



NHKの教育テレビで、「日本の伝統芸能」という番組が
放映されています。歌舞伎、能・狂言、文楽を扱って
います。現在は文楽で、先月は、能・狂言でした。

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 世阿弥の言葉に「有主風(うしゅふう)」という言葉が
あります。

     師によく似せ習い、見取りて、我が物になりて、
    身心に覚え入て、安き位の達人に至るは、、是、
    主也。是、生きたる能なるべし。下地の芸力に
    よりて、習い稽古しつる分力をはやく得て、其物
    になる所、則有主風の士手なるべし。返々、
    有主・無主の変わり目を見得すべし。
 
              世阿弥 至花道・無主風事

 私自身もよくわかっていませんが、師匠の「形」を模倣
したまま演じている状態が無主風であるのに対して、師匠の
「形」に似せようとする意識がなくなる境地が有主風という
ようなことだと思います。

 ハビトスという言葉があります。習慣化や身体化という
ようなニュアンスの言葉なのですが、まさに、「わざ」や芸が
ハビトス化した状態が有主風ではないかと、私なりに考えて
います。

 稽古・・・、繰り返し繰り返し習得することを通して、
身体全体で、「形」の意味について追求し納得する姿勢
そのものが稽古ではないかと思います。

 「形」を細かく要素に分解して取り出して、部分だけを
徹底的に練習するのが効率的ですが、日本古来からの稽古は、
全体をおさらいして、「間」をも含めて全体をひとつの「形」
として捉えてハビトス化することなのかもしれません。



 部分の総和が全体とはならないということを、私自身が
勤務校で授業を担当しながら痛感しています。

 「センス」・・・私のなりの、私自身の研究のキーワード
なのですが、これは新しいものではなくて、いにしえ(古)
から学ぶことが多いように思います。
posted by student at 16:02| 日記