2008年10月16日

THE THREE CORNERED WORLD

 夏目漱石に「草枕」という作品があります。
この作品に始めて触れたのは小学生の5年生か
6年生だったと思います。「坊ちゃん」だったか、
「我輩は猫である」だったか忘れましたが、少年少女
文学全集の1冊に、どちらかの作品と一緒に収められて
読んだ記憶があります。でも、今から考えれば、
最後まで読み通したとは、とても思えません。

 ただ、冒頭の部分は好きで、暗誦していました。

山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに
人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ
引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、
詩が生れて、画が出来る。
               
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 草枕は、画家が描くモチーフを見つけるために山に入り、
宿をとって、ゆるやかな時間の流れと共に、そこで繰り
広げられている光景を描いた作品です。確か漱石自身が
この作品を「天地開闢以来、類のない作品」と評して
いました。

  アラン・ターニーが訳した草枕は、忠実に翻訳したと
いうよりも、リズムやタッチといった文章の持つ雰囲気を
も含めて英語に翻訳した名訳だと言われています。

Going up a mountain track, I fell to thinking.
Approach everything rationally, and you become harsh.
Pole along in the stream of emotions, and you will be
swept away by the current. Give free rein to your
desires, and you become uncomfortably confined.
It is not a very agreeable place to live, this world
of ours.
       ピーター・オーウェン・リミッテッド p7

「THE THREE CORNERED WORLD」というのは、この草枕の
英訳のタイトルです。草枕を直訳すれば、「The Grass Pillow」
となるのでしょうが、アラン・ターニーは、草枕の次の一節
に重きを置いて、このタイトルにしたそうです。

An artist is a person who lives in the triangle which
remains after the angle which we may call common sense
has been removed from this four-cornered world.

 四角な世界から常識と名のつく、一角を摩滅して、
三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう。



 「four-cornered world」というのは「世界のすみずみ」
という意味があり、その中から「common sense」を摩滅
したのが「THE THREE CORNERED WORLD」、つまり漱石が
描いた「草枕」の世界ということになるのだと思います。

 私の大好きなピアニストのグレン・グールドは、この
アラン・ターニー訳の草枕を愛読していたそうです。

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 グールドの弾くバッハのゴルトベルク変奏曲は、まさに
草枕の世界、四角四面な世界から常識と名のつく、一角を
摩滅した演奏と呼べるものかもしれません。異様な緩急の
ある演奏に、グールドのハミングやうなり声が一緒に
録音されたCDの演奏の原風景の一つは、漱石の草枕なのか
なあ〜と思いながら、今、グールドのゴルトベルク変奏曲
のCDを聴いています。

 「センス」という研究テーマと関係があるのか…
ちょっと気になったので心に留めました。
posted by student at 22:10| 日記